| 052 | 03年08月27日 | 誤った環境保護活動 |
ある団体が『自然・環境・景観・交流』などの言葉を口にしながら地元の河川に金魚を 放流するというイベントを実施しました。皆さんはこの活動をいかがお考えになられるで しょうか? 私の考えではこの活動は環境破壊にあたるのです。金魚は人間が作り上げた 種であり、この河川の環境下で長年にわたって金魚が生息してきたとは考えられません。 金魚が昔から日本の河川でごく普通に見られるフナの仲間だとは言え、金魚という種は 存在していなかったはずです。この存在していなかった魚種を放流することは環境保護 ではなく環境破壊なのです。金魚を放流することによってが生態系を大きく揺るがすような ことは考えられにくいですが、影響があるかないかに関わらず、昔からの生態系を乱すのは 環境破壊と考えられます。環境保護にはいろいろな考え方がありますが、私は本来からその地で 自然に形成されてきた生態系(自然)を保護していくことが環境保護の最も大切なことだと 考えています。生き物がたくさんいる土地が豊かな環境とは思えません。その土地独特の自然が 残されている土地こそが豊かな自然なのです。 私は均一な高さで一面一色に素晴らしく茂った杉林や檜林は乏しい自然だと思います。 本州以南のほとんどの杉林・檜林は人間の手によって作られた森林であり、本来の森林は ブナやクヌギといった広葉樹(葉っぱらしい広い葉を持つ木)が広がっており、いろいろな 樹木が立ち並ぶものでした。広葉樹の森にはいろいろな動植物が生息しています。しかし、 針葉樹(松や杉など針のような葉を持つ木)が立ち並ぶ自然には明らかに動植物が少ないのです。 (セミやカブトムシを探すのは広葉樹が広がる明るい森林帯だと思います)私は林業として 使われなくなった針葉樹林を広葉樹林に戻していくべきであると考えています。 メダカが数を減らしていることは有名ですがだからと言って、店で購入してきたメダカを 繁殖させて近くの湖沼や河川に放流することは危険な行為なのです。一見同じに見えるメダカ ですがよく見てみると地方によって微妙な違いがあります。それはそれぞれの地方で長年にわたって 受け継がれていた伝統の遺伝子があるからです。もし、違った遺伝子を持つメダカが放流されて しまうと、双方の遺伝子情報が混ざってしまい独特性というものは失われてしまいます。 人間の手によって、自然の時間経過よりも遥かに早い速度でこういうことが発生してしまうと、 これは明らかに環境破壊ということができます。(自然界でも形は違うが種が同じ生物が交配して お互いの遺伝子が混在してしまうことはある。しかし膨大な時間の中で数回しか発生しない) 『環境保護』という言葉がかなり浸透してきていますが、外国産の動植物が無責任な者の行為により 国内で野生化してしまっている事実をよく耳にします。また珍しい自然を一目見たいが為に その自然を荒らしてしまうということもあります。環境保護の意識をもっと強めるとともに、 正しい知識を養う必要があると思います。そして行政はこれらを実現するために環境教育の場を もっともっと整備する必要があると思います。 | ||