078 04年10月31日 「環境」という科目の必要性

 前回号の日付を見て驚きました。1ヶ月前だったんですね。暦も気が付けば 明日から11月ですよ。10月はあっという間でした。何をしていたんだろう。 いろいろやってて忙しかったはずなんだけどな。忙しくて日が経つのを忘れていたのかな。 徹夜や仮眠をとるだけの日が続いて、確かに時間感覚が狂ってました。

 今日は、「環境」という科目の必要性についてです。私は高校のときから「環境」を 専門に扱う科目の必要性を訴えてきました。幸いか不幸か、私が卒業した高校では、 卒業と同時に「環境科学」という科目が新設されました。しかし、今なおほとんど高校は、 大学受験を意識した授業を時間の限り詰め込んでやっています。環境については、私の知る 限り「生物」「化学」「地理」の一部で学習するだけです。

 義務教育期間においても、最近は型にはまった学習ではなくて、自由に特色を付加できるような システムにはなってきているものの、指導者の知識不足や「環境教育」の指導体制の不十分さなど があり、十分な教育を受けられていません。
 隣の国、韓国では国語、算数、理科などの科目に並んで「環境」という科目があり、全員が 教育を受けられる体制になっています。

 環境破壊はそもそも人間が便利さを求めた結果発生したものです。便利な社会が当たり前になって しまった現代に、環境を保全・回復するためには我々の我慢が必要不可欠です。こう考えると、 環境教育はまず人間教育が大切であると言えます。自分勝手をやめ我慢できる人間になる必要が あります。そして、日ごろから環境に負荷を与えない生活を身に染み込ませる必要があります。 それと同時に、いろいろな環境問題の現状と対策について学んで知識を貯めていく必要があると 私は思います。

 環境教育は基礎(人間教育)から順に一つづつ時間をかけて学んでいく必要があります。 とても時間がかかるものだと思います。だからこそ私は小学1年生から9年または12年を費やして、 一貫した教育が必要だと思います。環境教育は地球上で生活する我々人類には必修の科目です。 環境を学ぶことは、生きるために最も必要なことを学ぶことです。私は計算より読み書きよりも 重要なのではないかと思っています。だって、空気や水が汚れたら生きていけないんだから。 こんな重要なことを今までずっと無視されてきていたわけです。生命が健康に生きることより、 裕福を目指してきた結果です。

 生きるために必要なモノと知識を学ぶ「環境」をごく当たり前の科目として、いち早く 設定されてほしいものです。設定に向けた動きが徐々に出てきています。今後が楽しみです。



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